プロコフィエフ/バレエ音楽《ロメオとジュリエット》
『ロメオとジュリエット』作品64は、イギリスの劇作家シェイクスピアによる悲劇『ロメオとジュリエット』に基づいてプロコフィエフ(1891-1953)が1935年に完成させた全4幕のバレエ音楽である。バレエは当初、バレエ学校創立200年祭のために作曲されたが「曲に合わせる振り付けが難しい」等の酷評をうけ、上演の機会を失った。そこで、バレエとしての初演の見通しがないまま、プロコフィエフは演奏会用に第1組曲を1936年にモスクワで、第2組曲を1937年にレニングラードでそれぞれ発表した。バレエとしての初演は、チェコのブルノ劇場で1938年に行われ大成功をおさめた。なお第3組曲はそれから遅れて1946年に完成させた。
今回取り上げるのは、その3つの組曲から9曲を抜粋しストーリー順に並べ替えたものである。とはいえ、プロコフィエフは組曲を作るに当たって、全曲版の該当する曲をそのまま採用したのではなく「演奏会用」として効果的な曲となるよう、冒頭、途中、結尾等に他の場面の曲を引用するなどしている。
では今回演奏する曲をあらすじとともに解説しよう!
舞台は14世紀のイタリアの都市ヴェローナ。そこではモンタギュー家とキャピュレット家が長年にわたって抗争を繰り広げていた。
第1幕
第1曲《噴水の前のロメオ》(第3組曲第1曲)モンタギュー家の一人息子ロメオが、恋の病に苦悩する様子で歩いている。ロメオは街一番の麗人・・・と、ロメオだけが思っている・・・ロザラインという女性に片想いをしているのである。
第2曲《少女ジュリエット》(第2組曲第2曲)もう一方のキャピュレット家には、ジュリエットという娘がいる。ジュリエットの部屋に母親が現れ「そろそろ結婚してはどうか。」と聞いている。なお、この曲はもうすぐ14才のジュリエットの天真爛漫な様子を瑞々しい曲調で描写している。中間部は一転して、結婚を提案されて苦悩している様子を表現している。
第3曲《メヌエット》(第1組曲第4曲)キャピュレット家では舞踏会が開かれることになり、客人が集まってきている。
第4曲《仮面》(第1組曲第5曲)恋に悩めるロメオは、親友のマーキュシオとベンヴォーリオに誘われて、キャピュレット家の舞踏会に忍びこむことにした。彼らは、自分たちが、敵対するモンタギュー家の者とばれないように仮面を被っている。なお、このシーンは3人の若者がキャピュレット家に向かう道すがらワクワクする気持ちで踊る場面であり、映画《ウエストサイド物語》のポスターで有名な”Y字バランス”的なシーンを連想させる(ただ、映画で当該シーンを踊るのは、シャーク団(キャピュレット家側)の面々である)。
第5曲《モンタギュー家とキャピュレット家》(第2組曲第1曲)舞踏会にはヴェローナでも評判の美人という美人がみな集い、騎士たちと踊りを繰り広げている。そこへ、ジュリエットが登場する。ロザラインもかすんでしまうような瑞々しい美しさのジュリエットに、ロメオは一目惚れをする。
第6曲《ロメオとジュリエット》(第1組曲第6曲)舞踏会が終わると、ロメオはキャピュレット家の庭に忍び込み、ジュリエットの部屋のバルコニーの下にたどり着いた。ジュリエットもロメオのことが忘れられず、ふたりは、思いのたけを打ち明け、愛を誓い合う。なお、この部分は、原作の「ああ、ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」で有名な『バルコニーシーン』である。
ジュリエットは何度も乳母に呼ばれたので、ロメオに「明日目覚めたら使いを出すので、いつどこで結婚式を挙げるのか返事をしてほしい」と言って部屋に戻った。
第2幕ロメオが僧ローレンスの元を訪ね、ジュリエットと結婚したいと打ち明ける。僧は、ロメオの心変わりの速さに「若い者は、心でなく、目で恋をするものだ」と嘆くが、この結婚が両家の和解につながるものだとして、若い2人に協力することにした(秘密の結婚)。
街ではマーキュシオとベンヴォーリオが、ジュリエットの従兄弟タイボルトと出くわす。一触即発となったところへロメオが登場する。タイボルトはロメオに対して挑発を繰り返すが、ロメオは、ジュリエットと秘密の結婚をしているため、必死に気持ちを鎮めていた。
第7曲《タイボルトの死》(第1組曲第7曲)しかし、マーキュシオがそのような挑発にたまりかねて剣を抜いてしまう。そしてタイボルトとの斬り合いとなり、やがてタイボルトの剣がマーキュシオに刺さり、マーキュシオは息絶えてしまう。 これに憤慨したロメオは、我を忘れてタイボルトと決闘する。すると、今度はロメオの剣がタイボルトに刺さる。この場面をプロコフィエフは15発の恐怖感溢れる和音の連打で表現している。また、これに続く音楽では両家に起きた壮絶な悲劇への嘆きと復讐への決意を表現している。
第3幕ヴェローナ大公によりロメオの永久追放が言い渡されるが、ロメオはローレンス僧の元に身を寄せる。一方ジュリエットも、従兄弟の死と彼を死なせたのがロメオであることに苦悩する。
第8曲《別れの前のロメオとジュリエット》(第2組曲第5曲)そこでローレンス僧は、ロメオに対して頃合いを見計らって二人を結婚させることを計画すると告げ、しばしジュリエットとの別れの時を持たせた。そしてロメオはマントヴァに向けて旅立った。
そんな中、キャピュレット家ではジュリエットをパリス伯爵と結婚させるための準備を進めている。当然ジュリエットは全力で拒否である。
ジュリエットがローレンス僧に相談に行くと、なんと魔法のような計画が持ち上がる。それは『42時間仮死状態になる薬を飲み、周囲が死んだと思い込んで埋葬され、ちょうど目覚めた頃にロメオが到着し駆け落ちする』というものであった。(余談:この時点で駆け落ちしておけば、これから起きる悲劇は防げたんじゃありませんか?と、ツッ込んではいけません。)ジュリエットは計画を信じてパリス伯爵の結婚を承諾することにした。結婚式の前夜「これでロメオと一緒になれる!」と期待に胸をふくらませながら薬を飲む。翌朝、ジュリエットは計画どおりに「遺体」として発見される。
第4幕マントヴァにいるロメオに「ジュリエットが死んだ」ことが告げられる。ロメオは取るものもとりあえずヴェローナに戻り、ジュリエットの墓の前で茫然とする。そうです!ロメオには手紙配達の手違いによりローレンス僧の計画が知らされていなかったのである。ジュリエットが本当に死んでいると勘違いしたロメオは、生きる意味の喪失感から、ジュリエットの元へ行くために自殺を図り、息絶える。
最終曲《ジュリエットの死》(第3組曲第6曲)仮死状態から目覚めたジュリエットだが、彼女は死体となっているロメオを発見する。ロメオに自殺をさせてしまったことを悔やみ、自らロメオの剣で命を絶ってしまう。そこへ両家が登場する。事のすべてをローレンス僧から聞くと「皆、罰を受けたのだ」というヴェローナ大公の言葉に両家はやっと和解する。この和解が若い2人を浄化させる。プロコフィエフは、このバレエをハ長調の和音で静かに終わらせることで「悲劇からの浄化」を表現しているのである。