チャイコフスキー/幻想序曲《ロメオとジュリエット》
チャイコフスキーが30歳になる直前に作曲した幻想序曲『ロメオとジュリエット』は、イギリスの劇作家シェイクスピアの戯曲を題材とした演奏会用序曲である。プロコフィエフの同名のバレエ音楽などとは異なり、物語に沿った構成ではなく、楽想を自由に書き綴ったものである。チャイコフスキーの作品には、この他に『ハムレット』及び『テンペスト』という2曲の幻想序曲があるが、いずれもシェイクスピアの戯曲を題材としている。
この曲の特徴は、序奏及び終結部を伴ったソナタ形式で構成されている。
序奏クラリネットとファゴットにより序奏主題が演奏される。これは一般的には「ローレンス僧の主題」と言われているそうで、正義感を示していると言えよう。
続いて弦楽器が、物語の舞台となっているイタリア北部ヴェローナの不安に満ちた様子を演奏する。続いて現れるハープのアルペジオが、夜明けを表している。
広場にモンタギュー家とキャピュレット家の面々(以下「両家」という。)が登場してくる。チェロによって演奏される音形は、先ほどの序奏主題の反進行となっており、両家が正義とは反対の「対立」関係にあることを意味している。
両家が睨み合いによって気持ちを高ぶらせる様子を、木管楽器と弦楽器が同音で掛け合いし、さらにテンポを徐々に速くすることで表現すると曲は提示部に入る。
提示部第1主題は「両家の対立抗争」を題材としている。途中、弦楽器と木管楽器が同じ音形を2拍ずらして演奏するが、これは両家の主張がかみ合わないことを見事に表している。ついには決闘となり、管打楽器による不規則な打音が剣が交わる激しい抗争を表現している。そこにヴェローナ大公が登場することで争いはいったん収まり、広場には静けさが戻る。
第2主題は一転して優麗な旋律である。これは「あぁ、ロメオ、ロメオ!どうしてあなたはロメオなの?」でおなじみのバルコニーシーンを題材としている。
そんな美しい旋律に心地よく耳を傾けていると、両家の争いに引き戻されるがごとく曲は展開部へと進む。
展開部
この展開部を原作のストーリーに照らし合わせると(筆者の個人的な解釈であるが)、
ヴェローナの広場で両家が遭遇すると、小競り合いが始まる。そして、キャピュレット家のタイボルトがロメオの友人であるマーキュシオを刺してしまう。逆上したロメオが今度はタイボルトを刺殺してしまう(提示部の決闘シーンの再現)。という場面である。
再現部決闘シーンの再現に続いて曲は再現部となる。
第1主題及び第2主題を再現した後、チェロが第2主題のモチーフを奏でるがこれはローレンス僧の画策を表している。その画策とは、“ジュリエットが42時間仮死状態となる魔法の薬を服用し、埋葬されたのち目覚めたころに駆け付けたロメオと駆け落ちする”というものである。
ジュリエットがロメオを思いながら仮死状態になっている(第2主題の再現)と、ロメオが駆け付ける(第1主題の再現)。ロメオはローレンスの画策を知らなかったため、動揺し(1拍ずつのアクセント)自殺する(シンバル、管楽器及び弦楽器による鋭い打音)。そして目覚めたジュリエットは傍らに息絶えているロメオを発見し、ロメオが持っている剣で自分を刺してしまう(ティンパニの激しいロール)。
終結部ティンパニが打つ運命の動機に導かれて、両家の重々しい悲しみを表すと木管楽器が序奏主題を奏でる。ここは、両家に対してヴェローナ大公が「これ皆、憎悪の懲罰だ。罰に漏れた者はいない!」とのお言葉を発している場面で、これによりやっと両家が和解する。
すると若い2人は浄化される。この浄化をハープが奏でる上昇するアルペジオで表現し、天国で2人の愛が強く結ばれる様子を H (ドイツ語表記「シ」の音)の強奏で表現してこの幻想序曲を締めくくる。
なお、チャイコフスキーの作品には、魔法をかけられて白鳥の姿になったオデットが、その魔法をかけたロットバルトを倒したジークフリート王子と強く結ばれるというバレエがあるが、その『白鳥の湖』の最後の音と、この『ロメオとジュリエット』の最後の音は、音程が同じである。