DIE KOKUBUNJI PHILHARMONIKER
 ■ 国分寺フィル演奏会演奏会記録(1996年〜2000年)第19回定期演奏会

ベートーヴェン 交響曲第8番ヘ長調 作品93

ベートーヴェンの創作活動の中で重要な位置を占めているのが言うまでもなく交響曲である。「交響曲」という分野は17世紀からあり、「交響曲の父」とよばれるヨーゼフ・ハイドン(1732〜1809)は104曲、モーツァルト(1756〜1791)も40曲以上を書いた。しかし、それらは王侯貴族や裕福な興行主の依頼で書かれたものがほとんどで、「芸術家の自己主張」としての交響曲はベートーヴェンによって始まったのである。「これが俺の音楽なんだ!」という強烈な自己主張を示す彼の交響曲は、当時最先端の「現代音楽」だった。ゆえに理解されないこともあったが、9つの交響曲が後世に与えた影響はとてつもなく大きい。もしベートーヴェンが交響曲を書かなかったとしたら、シューマンもブラームスもチャイコフスキーも、はたまたブルックナーもマーラーもショスタコーヴィチも、交響曲を残さなかったに違いない。

「交響曲第8番」は1813年4月20日にルドルフ大公邸で非公開の演奏会が試演されたあと、1814年2月27日にウィーン、レドゥーテンザールでベートーヴェン自身の指揮により公開初演された。聴衆は同時に再演された「交響曲第7番」(1813年12月8日にウィーン大学講堂で初演)の方に大きな拍手喝采を贈ったのだが、それでもベートーヴェンは「第8」の出来に自信を持っていたという。作曲当時(1812年)はドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749〜1832)との対面、数々の女性の名が取り沙汰されるも未だに謎に包まれている「不滅の恋人」との恋、といった幸福な出来事がある一方で、年金を付与してくれていたキンスキー侯爵が落馬が原因で無くなった為に経済的困窮に陥ったり、弟ヨハンの結婚問題(ベートーヴェンは相手の女性の素行不良などを理由に反対していた)、もう一人の弟カールの病気の悪化、そしてベートーヴェン自身の難聴の進行・・・という風に貸して明るい状況にあったわけではない(完成をみたのは結婚問題で滞在していた弟ヨハンの家においてである)。それでもこの作品にはユーモアが溢れ、何物にもとらわれる事無い自由な精神を謳いあげているかのよう。外見は小さな曲なのでなかなか演奏会では取り上げられないが、ロマン派への道を切り拓いたモニュメンタルな作品としてもっと評価されるべきであろう。

第1楽章
冒頭のトゥッテイ(全合奏)による主題の提示は鮮烈だ。「第3番・英雄」や「第5版・(「運命」)」に劣らぬ大胆さ。全曲を通じてダイナミクス(音の強弱の幅)が非常に大きい。「第5」の有名な「運命動機」=「ジャジャジャジャーン」のリズムを音形を変えて用いている。
第2楽章
ファゴットのスタッカートに導かれて音楽が進行する。最初に現れる主題は、メトロノーム(当時はクロノメーテルと言ったそうな)を発明したベートーヴェンの友人、ヨハン・ネーポムク・メルツェル(1772〜1838)に向けて書いたカノン「メルツェル君、さようなら」の旋律を転用している。タッ・タッ・タッ・タッ・・・と規則正しく刻まれるリズムはメトロノームの戯画。ちなみに当時のメトロノームは動かしているうちにだんだんとテンポが変わってしまったそうである。
第3楽章
「メヌエット」と称しながら、「スケルツォ的」要素を持つ諧謔的な楽章である。優雅な舞踏会の幻想?緩やかに流れる音楽にトランペットによるファンファーレが唐突に踏み込んでくるのは、ベートーヴェン流のギャグだ。トリオ(中間部)ではホルン、クラリネットとチェロが主体となった掛け合いが聴きもの。
第4楽章
冒頭で示した主題を執拗に繰り返しながら終結へ向けて突き進む。「第5」や「第7」のフィナーレで見せた「勝利への執念」を自ら茶化しているようである。ティンパニはオクターヴ跳躍という、当時としては画期的手法で奏される。ラストの叩きっぷりにも注目されたい。

プロコフィエフ バレエ「ロメオとジュリエット」より

「ロメオとジュリエット」が、イギリスが生んだ偉大なる戯曲作家、ウィリアム・シェイクスピア(1546〜1616)の手によるものであるを知らぬ人は居まい。多くの作曲家たちの創作意欲を刺激した名作中の名作であり、映画化も数多く試みられているのはご存知の通り。

現在では幅広い人気を獲得しているプロコフィエフによるこの作品も、初演にいたるまでには大変な紆余曲折があった。舞台演出家のセルゲイ・ラドロフとの台本の合作という作業と同時に作曲にも集中的に取り組んだ。当初、ラドロフは原作通り悲劇的終結にしようとしたが、プロコフィエフの主張でロメオが早く墓場に着き、まだ生きているジュリエットを見つけてハッピーエンド、という形に書き換えた。こうして第4幕9場、58のエピソードで構成されたプロコフィエフ=ラドロフ版の台本(原作は5幕24場)による「ロメ・ジュリ」は1935年9月にピアノ譜の全曲が完成し、ボリジョイ劇場で練習に入った。

しかし、伝統的なロマンティック・バレエに慣れ親しんできたダンサーたちからは、「伝統」からかけ離れたプロコフィエフの音楽と、その細切れのエピソードに対し不満が噴出。原作通りでない終結に対しても批判が相次ぎ、プロコフィエフはハッピーエンドを取り消し、元の形改めることにした。そのゴタゴタも原因となり、1936年初頭に予定されていた初演は延期になった末、結局劇場側からキャンセルされた。

バレエ全曲版初演は1938年12月30日にようやく実現する。しかし、それはソヴィエトではなく、チェコスロヴァキア(現スロヴァキア共和国)のブルノ国立劇場においてであった。プロコフィエフはこの公演に立ち会ってはいない。振り付けはロメオ役のヴェニア・プソタによって行われ、ジュリエットはセムベロワが受け持ち、公演は大成功を収めた。その結果ソヴィエトでの公演の道が開けたのっだったが、音楽・台本共に全面的な改定が施された。振り付けしレオニード・ラヴロフスキーと劇作家アドリアン・ピオトロフスキーらが改定作業に加わったのだが、プロコフィエフとラヴロフスキーが意見の相違から対立したり、ダンサー達からは「バレエ的でない」という批判が出て、またもや講演そのものが危機に瀕した。

そしてソヴィエト初演は1940年1月11日、レニングラード(現サンクトペテルブルク)のキーロフ劇場で演出・振り付けラヴロフスキー、ジュリエット役ウラノワ、ロメオ役セルゲイエフという顔ぶれで行われ、成功を収めた。1917年のロシア革命以来、西側で活動してきたプロコフィエフが、ソヴィエトとなった「祖国」に戻って最初に手がけ、彼の名を高めることになった大作である。

ところで、最初のバレエ版がお流れになった頃、プロコフィエフはバレエ版の音楽を使った演奏会用の組曲を書くことを思い着く。現在の人気を形造ったのは、この組曲版に依るところが大きいといえるだろう。1936年に全曲のオーケストレーションを完成させた上で組曲版は編まれた。

「第1番」と「第2番」は7曲、「第3番」は6曲から成り、原作の進行には合わせていないが、独立した形で演奏できるようにそれぞれが完結した内容を持つ。ちなみに「第1番」は1936年11月24日、セバスチァンの指揮でモスクワにおいて、「第2番」は1937年4月15日にプロコフィエフ自身の指揮でレニングラードにおいて、それぞれ初演された。「第3番」は少し時期を置いて1944年に編曲、1946年3月6日になってデクチャレンコ指揮によりモスクワで初演されている。

今回は、これら「3つの」組曲版のほぼすべてをバレエ全曲版の進行に合わせ、再構成して演奏する。(一部全曲版からの音楽も使用)。物語の情景を思い浮かべながらお聞きいただければ幸いである。

1: 前奏曲【全曲版・第1曲】
全曲の核となる、ロメオとジュリエットの「愛のテーマ」。
2: ロメオ(噴水の前のロメオ)【組曲第3番・第1曲】
颯爽と登場するロメオが描かれる。
3: 朝の目覚め(情景)【組曲第1番・第2曲】
ファゴットで主題が提示され、次代に活気付いてくる朝の町の様子。
4: 朝の踊り【組曲第3番・第2曲】
全曲版では第3曲「町の目覚め」に続く第4曲。金管による朗らかな旋律が吹奏され、晴れやかな気分を盛り上げる。
5: 大公の宣言【全曲版・第7曲】
モンタギュー家とキャピュレット家の対立。全曲では、この後第3幕の前奏曲としても用いられる。
6: 少女ジュリエット【組曲第2番・第2曲】
純粋無垢、そして大人の恋を夢見る少女ジュリエットを表している。しかし、再現部の不吉な終わり方は、この物語の悲劇的結末を暗示している。
7: 仮面舞踏会【組曲第1番・第5曲】
キャピュレットの召し使いとの邂逅によってその依るキャピュレット家で舞踏会が催されるのを知ったロメオは、友人ベンヴォーリオ、マーキュシオと共に忍び込む。
8: 騎士たちの踊り(モンタギュー家とキャピュレット家)【組曲第2番・第1曲】
舞踏会の場面での騎士たちによる重々しい踊り。
9: マドリガル【組曲第1番・第3曲】
舞踏会でのロメオとジュリエットの出会い。ジュリエットの美しさにロメオは心奪われる。魅かれあう2人は言葉を交わすが、まだお互いが対立する家の人間であるとは知らない。ジュリエットは後で乳母からロメオがモンタギューの息子であると聞かされ狼狽する。「・・・にくい仇敵を愛さなければならないとは、生まれるときからして、行く末を案じられる恋だこと」
10: バルコニーの情景(ロメオとジュリエット)【組曲第1番・第6曲】
月明かりのバルコニーで、仇敵の家の息子ロメオを想うジュリエット。「ロメオ様、なぜロメオ様でいらっしゃいますの、あなたは?」あまりに有名なジュリエットの独白。それを物陰で聞いたロメオが声を掛け、互いの想いを告白する。2人の「愛のテーマ」はこのあともたびたび形を変えて現れる。
11: フォークダンス【組曲第1番・第1曲】
全曲版では第2幕の冒頭に置かれた。謝肉祭の朝の賑やかな広場の情景。
12: 5組の踊り(踊り)【組曲第2番・第4曲】
「フォークダンス」と同じく謝肉祭の日の踊り。弦のピッツィカートが楽しげな、軽やかな踊り。
13: ローレンス僧庵でのロメオ(僧ローレンス)【組曲第2番・第3番】
早暁、庵に現れたロメオを見て、ローレンスはすぐさまロメオが「思い乱れている」と見破る。ジュリエットへの愛を打ち明けるロメオ。ローレンスは2人が結びつく事が両家の不毛な争いに終止符を打つきっかけになるのでは、と考え、秘密の結婚式を挙げる。
14: 第2幕終曲(タイボルトの死)【組曲第1番・第7曲】
ヴェロナの街中でであったロメオの友人マーキュシオとタイボルトは言い争ううちに剣を抜き、そこへ現れたロメオの制止も聞かずに斬りあう。タイボルトは立ち塞がったロメオの腕の下からマーキュシオを突き殺す。怒りにかられたロメオはタイボルトに決闘を挑み、彼を殺してしまう。ロメオが逃走したあと対立する両家の人々が現れて互いの言い分を大守に申し述べ、大守はロメオをヴェロナから追放する、と宣言する。混沌とした状況の中音楽は劇的な高まりを見せて終わる。全曲中の白眉。
15: 導入【全曲版・第37曲】
16: ロメオとジュリエットの別れ【組曲第2番・第5曲】
ロメオは追放される事になり、別れを惜しむ2人の情景が描かれる。ロメオとジュリエットのテーマがさまざまな楽器に受け継がれながら絡み合い、「愛のテーマ」も高らかに吹奏されるが、不穏な影がつきまとう。「バルコニーの情景」の時とは対照的な印象を与える。このあと、ジュリエットは両親の決めた許嫁(若い貴族ハリス)との結婚を拒み、ローレンスに相談する。ローレンスはジュリエットに一定の時間がたつと蘇生できるという薬による仮死をすすめ、2人を逃す計画を立てる。ジュリエットは結婚を承諾し、薬を飲んで眠りにつく。翌朝、目覚めぬジュリエットが発見され、キャピュレット家は悲しみに包まれる。
17: ジュリエットの葬式(ジュリエットの墓の前のロメオ)【組曲第2番・第7曲】
ローレンスが計画を打ち明けた手紙がロメオの元には届かなかった。仮死状態のまま廟所に安置されたジュリエットのもとへ駆けつけたロメオは、そこに居合わせたパリスを刺殺し、自らは毒をあおって死ぬ。弦楽器の奏でる清澄な音楽の上に「死のテーマ」が重なる。「愛のテーマ」も変形されて現れる。
18: ジュリエットの死【組曲第3番・第6曲】
ジュリエットが目覚めるとロメオは冷たくなっていた。ロメオの持っていた短剣を抜き、「これがお前の鞘なのよ」と自分の胸を刺し、ロメオの上に折り重なって死ぬ。死を持って結ばれた2人の「愛のテーマ」が回想され、静かに幕を閉じる。

夜警らが廟床での惨上を発見し、知らせを受けた大守をはじめヴェロナの人々が集まってくる。 ローレンスは事の次第を明かす。互いの憎悪を恥じたモンタギューとキャピュレットは和解した。 大守による最後のせりふ。「・・・世に不幸な物語は数々あるが、このジュリエット姫と、ロメオの物語、 それにまさるものがまたとあるであろうか?」

注:文中の登場人物のせりふについては、中野好夫・訳「ロミオとジュリエット」(新潮文庫)に依ったが、訳書が刊行されたのが1951年(昭和26年)と古いため、登場人物の日本語表記に関しては、現在通用している書き方に改めた。

解説:藤本 崇
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