DIE KOKUBUNJI PHILHARMONIKER
 ■ 国分寺フィル演奏会定期演奏会(2006年〜)第34回定期演奏会

ボロディン:交響曲第2番

ついこの前、ボロディンの3番の交響曲を演目に取り上げましたが、今度は2番です。
3番はボロディンの作品ではないなんて異論を唱えられたりしていましたが、こちらの作品はそんなことを言う人はいません、代表作ですから。

1番の交響曲の初演が成功裏に終わり、それに気をよくしたボロディンはすぐに2番の作曲に取りかかりました。しかし元々作曲を生業としていたわけでもなく、オペラ「イーゴリー公」の作曲などを並行して進めようなどと欲張ってしまったため、全然筆が進みませんでした。大学での講義、学会の雑用などをしながら2曲も仕上げるなんてどう考えたって無理な相談です、二兎を追いかけてしまったんですね。それに気がついて彼は「イーゴリー公」の作曲を一旦中断して交響曲の仕上げに精を出します。しかし整理整頓が苦手だったと見えて、何年も掛けて完成したスコアを紛失してしまいました。なんとか2楽章と3楽章は発掘できたものの1楽章と4楽章はいずこへと消えてしまいました。5Sが実践できていればそんなことはなかったわけです、ほれそこのアナタ、耳が痛いのではありせんか?

しかもそんな状況ではありましたが初演の日程は決まっていました、危うしボロディン。普通、人は病気になると落ち込みますが、彼は病床で紛失した部分のオーケストレーションをやり直してしまいました、果たして本当に元通りになったのでしょうか。

やっとの思いで初演に間に合わせましたが、1877年の2月に行われたコンサートは大失敗だったそうです。酷評される中、励ます人もいたりして彼は自分の作品を見直したようです、そして丁度2年ぐらいの後、スケルツォのスコアを修正して再チャレンジし、今度は旨くいったとのことです。曲は妻のエカテリーナさんにに捧げられました、ここにおいでの亭主諸氏は奥方に何を捧げましょ。

第1楽章 アレグロ
この楽章はロシア人戦士の英雄の集いを表しているのだそうです、確かに随所に勇壮な動きが現れます。
弦楽器はご存じの通り馬の尻尾を張った弓で弦をこすって音を出します。下または右に動かすのをダウン(down)反対の動作をアップ(up)と言いまして、作曲家によってはその弓使いまで指示してあります。「速いフレーズをダウンばかりで弾く」というちょっと難しい部分がこの楽章にあります、みんなでそろうように練習致しました。旨くいくと力強い感じがしてボロディンの言う「戦士の英雄」が表現できることになります。
第2楽章 スケルツォ
よく見かける拍子記号に4分の4拍子というのがありますが、この楽章は1分の1拍子です。楽譜には分数の形で書き、数学的な意味は全く同じになりますが、音楽の世界ではちょっと様子が変わり、1小節を1拍と感じるように演奏することを求めています。
楽章を通して特徴的なホルンのポポポポポポポポは難作業でありまして今日のように吹けるのは精進の結果です、試しにご一緒にポポポ・・・とやってみてください、たいていの人は遅れていくはずです。
初版は、ホルンにとってとんでもなく難しい楽譜だったようで、ボロディンの要求するテンポでは演奏することが出来ず、失敗の大きな原因となりましたが、後に改められ再演では好評を博しました。
第3楽章 アンダンテ
この楽章では吟遊詩人を描いたつもりだそうです。吟遊詩人とはいったいどんな人なのかちょっと調べてみました。大辞林によりますと、吟遊詩人とは「中世ヨーロッパで、各地を遍歴し、楽器を奏して詩を朗唱した旅芸人」だそうで今風に言うとドサ廻りのシンガー・ソングライターというところでしょうか。
他の3つの楽章と違い終始ゆっくりと進みます。きっとこんな雰囲気の歌を詩人達が歌っていたのでしょう。超絶技巧ではありませんが、退屈に聴こえないように「歌い込み」が必要な楽章です。 切れ目なしに4楽章につながります。
第4楽章 アレグロ
この楽章は勇者達の宴会シーンです、歓声とグースリという楽器の音が交錯しているとのことです。ちなみにグースリは吟遊詩人が弾き語りに使った楽器で、板に弦が張ってあり、膝の上にのせバチで弦を叩いて演奏したそうです。この曲の中ではグースリは使われておりませんが、タンバリンが使われていて賑やかさに花を添えます。今日の演奏会の後も宴会がありますがこんな感じになるのだと思います。

ラフマニノフ:交響曲第2番

1873年にロシアに生まれ1943年にアメリカで亡くなりました、ボロディンよりも40歳後輩になります。

この人の名前を聞いてピアノ協奏曲を思い浮かべる人が多いことでしょう。確かに2番の協奏曲は彼の代表作と言われる大変有名な作品で、最近ブレークした少女漫画「のだめカンタービレ」でも取り上げられています。作品の数はさほど多くなくピアノ協奏曲は4曲、協奏曲みたいな狂詩曲を1曲残していまして、交響曲はというと3曲作曲しました。

彼の父親は陽気な性格だったのに対して、母親は厳しく内向的な性格の持ち主だったそうで、母親の性格を多く受け継いだと言われています。それでも「赤ずきんちゃんと狼」というピアノ曲や「君はしゃっくりをしなかったかい」なんておかしな題の歌曲を作ったり、お茶目な一面もあります。
また、恐ろしく手が大きく、片手でドからソまで届いたらしいです。そんなの当たり前ジャンなんて言わないでください、ドレミファソのドとソじゃなくてドレミファソラシドレミファソのドとソなんですよ、物差しで測ってみたところ27pほどにもなりました。その大きくて良く動く指を駆使して弾くようなピアノ曲を作るから、後に続くピアニスト達は弾きこなすのに四苦八苦することになります。

彼が9才の時に農奴解放運動のあおりで家が没落してしまいましたが、幸運にも給費生として音楽の勉強が出来ることになり、おかげで今我々が彼の作品に接し感動できるわけです。後年ロシア革命を避けて亡命し、最後はアメリカに移りました。祖国ではスターリン体制になると反動作曲家のレッテルを貼られ演目として取り上げることが禁止になってしまったそうです。

ラフマニノフは作曲家としてだけでなくピアニストとしても活躍し、録音に熱心だったようで本人の録音が残っています。当時は録音技術があまり発達しておらず、迫力ある音楽再生の方法としてピアノロールが一部でもてはやされ、彼はこちらでも演奏を残しているそうです。一時期廃れてしまった自動演奏装置ですが、紙ではなく電子的な記録方法によるものが最近復活していて時々見かけます、ちょっと見ると透明人間が弾いているようで面白いですね。紙に穴を開ける記録から電子記録に変換すれば今でもお宅のピアノでラフマニノフが弾いてくれることが可能です。アメリカではスタインウェイというピアノ作りの職人と親しくなり、何台もピアノの寄贈を受けているそうです。当然メーカーとしてはアドバイスと「あのラフマニノフご愛用」というお墨付きが欲しかったのでしょう。

さて、1番の交響曲はラフマニノフが24才の時に初演されました。その頃ロシアの楽壇にはモスクワ派とペテルブルグ派の2つの楽閥があって、ラフマニノフはモスクワ派だったそうですが、この1番の交響曲はなんとアウェーであるペテルブルグで初演して失敗してしまいました。その失敗で大いに打ちのめされ、一時期精神が不安定になってしまいましたが、催眠療法で復活し力作を残しています。
彼の交響曲の中で最もポピュラーな作品が今日演奏します2番で、心の病から復活してからドレスデンで作曲されました。1番の失敗からおおよそ10年、ラフマニノフ35才の時に初演されましたが、アウェーでの演奏会であったにもかかわらず公演は成功しました。楽閥に対するこだわりが薄くなったこともあるでしょうが、作品が良かったからだと思います。

曲は4つの楽章で構成されています、全ての音符を音にすると1時間を超えますのでラフマニノフ自身がショートバージョンでの演奏を認めていますが、今日は省略しないで演奏します。

第1楽章 ラルゴ、後アレグロ・モデラート
ゆっくりとした序奏で始まります、ここで先ずコントラバスの合奏能力が試されます、そこをクリアできたら出足好調、良いムードの予感がします。
ところでこのようなメロディーはいつも同じテンポで淡々と演奏してはムードが盛り上がらないものです。ラフマニノフは、ここは縮めてここは延ばしてと具体的に楽譜に書き残してあります。誰かが取り残されたり先に行ってしまっては音楽が壊れてしまいますから全員で息を合わせます。どんな具合に伸びたり縮んだりするか楽しみに見ていてください。
第2楽章 アレグロ・モルト
1楽章と違っていきなり元気良く始まります。さて、一般的にオーケストラの曲はバイオリン族が第1と第2に分かれています。始めて出てくるメロディーは多くの場合第1バイオリンから始まることが多いのですが、この楽章には場面が変わっていきなり第2バイオリンから始まるところがあります、見逃さないようにお願いします。
第3楽章 アダージョ
この楽章が「妹よ」というドラマのBGMに使われていたことを覚えている方がいらっしゃるかも知れません。お兄ちゃん役が岸谷五朗さんだったと思いますがストーリーは見事に忘れました。
ラフマニノフの音楽は息の長いメロディーが特徴で、管楽器で演奏する場合、息をたっぷり使いますので苦しいのですが、苦しそうな音が出てきたら音楽になりません。涼しい顔知してやるんです、ある意味ウソつき。
まずクラリネットで奏でられるメロディーは演奏者にとっては聴かせどころ、聴く人にとっては聴きどころです、ご堪能下さい。おしまいの方で弦楽器が集団で同じメロディーをおさらいします、一人で演奏する時と違った味わいがあります、一粒で2度おいしい。
第4楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
途中に緩やかに流れる部分もありますが、概ねエネルギッシュな動きに支配されています、でも決して荒々しい尖ったイメージではありません。ですから、3楽章でウトウト聴いていた人達は気持ちの良くお目覚めになることと思います。全曲にわたって全部の楽器が音を出しっぱなしという状況で、しかも最後の楽章でこの盛り上がりですから、演奏者にとっては合奏能力もさることながら相当な体力を要求されます。因みに聴いている人が疲れる演奏は良くない演奏なのだそうです、まさか疲れてないですよね?
解説:林 範章
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