DIE KOKUBUNJI PHILHARMONIKER
 ■ 国分寺フィル演奏会定期演奏会(2006年〜)第36回定期演奏会

外山 雄三:管弦楽のためのラプゾディー

 これから約80分間で世界を一周するという企画ですが、まずは日本の曲から演奏します。曲は外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」です。この曲は、NHK交響楽団の海外公演で演奏するために作曲されました。
 かつて外山さんはNHK交響楽団の打楽器練習員だったそうです。今では作曲家としての地位も確立されていますし、N響だって打楽器奏者の獲得には事欠かないでしょうからこのようなことはあり得ないことです。この曲の初演の指揮をしたのはもう亡くなってしまいましたが岩城宏之さんです。岩城さんはれっきとした打楽器出身の指揮者でした。それがなんだと言われればそれまでですが打楽器という共通点があるというだけのプチ情報です。
 さて、曲の内容はといいますと、日本の民謡をつなぎ合わせたような作品で、「これは作曲ではない」と辛口の評価をする人もいます。しかし幾つもの民謡が旨くつながりなかなか聴き応えがあますから、オリジナル作品としておかしくない曲です。
 日本特有の打楽器が沢山使われていますし、二つの違ったメロディが同時に演奏されところもあり、聴いていて見ていて面白い作品です。
 全部で民謡は6つ出てきますが、お聴きもらしのなきようお願いいたします。

ボロディン:交響詩「中央アジアの草原にて」

 この曲はボロディンの代表的な作品です。ボロディン自身はロシアの人なのですが、題材となるのは標題の通り、アジアの真ん中あたり、ロシアの文化とアジアの文化の接するあたりの情景です。
 ロシアを象徴するメロディーと、アジアを象徴するメロディーが出てきます。初めはそれぞれが別々に演奏されますが途中で同時に演奏されます。同時に違ったメロディーを演奏するところは前に演奏しましたラプソディーと共通しますが、前の曲は興に乗ってという印象があるのに対し、ここではロシア人の兵士に守られたキャラバン隊が平和に行進する様を表しているそうで、だいぶ受ける印象も違います。
 ロシアのメロディーは一節が16拍(8小節)で出来ています。ところがアジアのメロディーは一節が18拍(9小節)あり、これを同時に演奏するとアジアのメロディーが2拍(1小節)余ってしまいます。でもそこは旨く工夫されていておかしなことにはならないように出来ています。

シベリウス:交響詩「フィンランディア」

 中央アジアから一気に寒いところに移動しました。
 この曲は舞台劇の付属音楽としてシベリウスが頼まれて作曲したものが元になっています。その劇の内容はフィンランドの歴史物語で、祖国を愛するメンバーが企画したのだそうです。当時のフィンランドの民衆はロシアの支配に苦しんでいました。何とか自分達のことは自分たちでやりたいと願っているところに、それを煽るような内容で、しかも音楽がすばらしい出し物があれば確実にヒットします。しかしロシア皇帝にとって都合の悪い出し物をそうそうやすやすと認められるわけもありません、上演禁止という圧力がかかりました。でもめげずに上演が繰り返されたとのことです。ビートルズが若者の文化を変えたと言われるのと同じような社会現象が起こったのでしょう。ここでは演劇とそれに伴う音楽、歌がフィンランドに暮らす人々の意識に少なからず影響していると言えそうです。
 その舞台音楽を交響詩という形にまとめた曲が、本日演奏いたしますフィンランディアとして広く親しまれています。途中で機関銃の音が出てきます、不吉な予感がしますよね。流れ弾に当たらないようにお気をつけください。
 中間部は第2の国歌とも言われ、歌詞が付けられ広く親しまれています。賛美歌の298番はこの部分から引用し別の歌詞を付けたものです。

スメタナ:交響詩「モルダウ」

 今度は東欧です、忙しい移動ですがおつきあいください。
 やってきたのはチェコスロバキア、今はチェコ共和国とスロバキア共和国になっています。チェコスロバキアを代表する作曲家にスメタナがいます。
 楽器は音を出す道具ですが、音楽ではない音を模写することがあります。例えば雷の音や鳥のさえずりなど自然の音を取り上げることが多いようです。さっきのフィンランディアでは機関銃の音を表わすところがありました。変わったところでは蚊の羽音とそれをつぶすバシッという音を音楽とした曲もあります。
 スメタナはベートーベンと同じように耳を悪くしました、その前兆となった耳鳴りを弦楽四重奏の中でバイオリンを使って表現しています。お聴きになりたい方のために曲名をご紹介します、弦楽四重奏の第一番「我が生涯より」の第四楽章です、終わりに近いところに出てきます。彼はモルダウを作り始めた頃からだんだん耳が悪くなっていきました。
 フィンランドはロシアに支配されていたということは先ほど触れましたが、チェコはオーストリアに支配されていました。ここの人達も、他国の支配から解放され、「自分たちの国をつくりたい」という思いを強くしていきました。
 このような中、スメタナは「わが祖国」という名前の祖国の歴史と自然を歌った一連の作品を作曲しました。交響詩というのは、文学や人々の思いを管弦楽により表現する音楽のスタイルのことを言います。「わが祖国」は、6曲の交響詩で出来ていまして、今日演奏します「モルダウ」はその2番目の曲になります。
 曲のタイトルにもありますモルダウとはモルダウ川のことで、現地名はヴルタヴァ川になります。いわゆるドイツ語圏の国の支配から脱却しようとがんばった人の作品が、ドイツでの呼ばれ方で親しまれてしまうのは皮肉な結果です。このヴルタヴァ川はラベ川に合流します。ラベ川はドイツではエルベ川と呼ばれ、北海に流れ込みます。スメタナは源流からプラハ市内に至る川の様を7つの風景に分けて音楽で表現しました。ここでは音を模写したのではなく情景を音楽で表現しました。目を閉じて聴くと川の流れる様子が浮かびます。そのまま眠らないように時々目を開けてくださいね。

ヴィヴァルディ:協奏曲集「四季」から「春」

 今度は西に移動します、お国はイタリアです、曲はビバルディの「四季」から「春」です。
 ビバルディという人は父親からバイオリンを習いました。彼はあまり身体が丈夫でなく司祭にはなったものの布教活動はせず、その代わりに音楽の指導をする生活だったようです。そして後輩達のために沢山の曲を残しました。バイオリンのみならず様々な楽器のために曲を書き、マンドリンの協奏曲まであります。
 「四季」はビバルディの代名詞にもなりそうなぐらい有名な作品で、バイオリン協奏曲集「和声と創意への試み」という曲集の中の第一曲から第四曲です。四季と言いますから4つの部分に分かれているということは容易に想像できます。実はそれぞれの季節が3つに分かれています、ということは全部で12曲、即ち1ヶ月毎のことかというとそうではなくて、1つの季節を3つの楽章で表しました。1ヶ月毎に何か理由を見つけてお酒を飲むという歌がありました。それによると今月6月は田植えで飲むとか。
 ここでも楽器を使った音の模写があり、自然の音を表しています。いろいろな解説書によりますと春だけで5つの音を模写しているようです。鳥のさえずり、せせらぎ、雷鳴、木の葉のささやき、犬の声です。どれがどれだか、分かります?

デュカス:交響詩「魔法使いの弟子」

 イタリアからそう遠くないフランスに来ました。
 デュカスという作曲家の「魔法使いの弟子」です。デュカと読む人もいます、外国人の名前のカタカナ表記は難しいものがあります。この場合最後のsを発音するかしないかになります。「ギヨエテ(Goethe)とはオレのことかとゲーテ言い」こんな川柳がありましたっけ。
 物語のネタ元はシリアのルキアノスという人の作った詩で、それをゲーテが当時流行っていたバラードという形の詩に直し、それを更にフランス語に訳したものにインスピレーションを得てデュカスが作曲したものです。
 魔法使いが弟子に帰ってくるまでに水を汲んでおくように言いつけて出かけます。
 さて、弟子は水を汲むのがめんどうなので、箒に魔法をかけて身代わりをさせました。パソコンって電源を入れるのはスイッチを押せば大体動きますが、切るのはおまじないが要ります。この弟子もそうだったんです、魔法のスイッチを入れたのは良かったものの解除の方法がわかっていなかったからさあ大変、そこら中水浸しです。うろたえた弟子は箒をやっつけるつもりで2つに折りますが、まるでミミズのようにそれぞれの部分が箒になって水汲みを続けるので状況はかえって悪くなってしまいます。もうこれまで、となったところで、先生が戻ってきてその場を収めます。当然弟子は叱られてシュン。
 ディズニー映画の「ファンダジア」をご存じでしょうか、アニメーションのキャラクターと、芸術としての音楽の融合を目指した実験的な作品です。その実験の中心的な位置にこのデュカス作曲の「魔法使いの弟子」という曲を置きました。魔法使いは白雪姫に出てくるあの魔法使いと同じ顔でした。お弟子さんはミッキーマウスです。ねらいは当たりましたが、当時の映画館の音響設備は貧弱なものが多かったので、広く一般の人に親しまれるようになったのはだいぶ後になってからのことです。

ラフマニノフ:ヴォカリーズ

 アジアっぽくないロシアに戻りました。
 「ヴォカリーズ」は、ソプラノまたはテノールのための《14の歌曲集》作品34の14番目の曲のことです。ヴォカリーズという言葉には意味があって、歌詞のない歌を言います。たいてい「あ〜〜〜」です。コンコーネという発声練習の曲集をご存じの方もおいでかと思いますが、あれもです。「スキャット」は主にジャズの世界で言われる用語でほぼ同じような意味で使われています。他の作曲家も「ヴォカリーズ」という名前で作品を残しています。
 さて、どうせ歌詞がないなら楽器でも演奏が出来そう、ということでいろいろな楽器のためにアレンジされています。変わったところではコントラバスのために編曲された物がありますが、極めつけはロシア発の電子楽器にテルミンという楽器がありましたが、そのために編曲されたものがあります。その多くはラフマニノフ以外の作曲家によって編曲されています。今日演奏しますのはラフマニノフ自身が管弦楽のために編曲したものを演奏いたします。
 原曲は嬰ハ短調ですからシャープが4つ、忙しい曲だと時々これを間違えます。でも今日のはホ短調ですからシャープは一つ、おまけにゆっくりした曲ですから音楽的に見事に演奏出来るはずです。ご期待ください。

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」から序曲

 また西に移動しました、ドイツです。
 ドイツ語の標題は「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」となっていますが、普通は単にタンホイザーと呼ばれることが多いようです。内容的に、歌合戦にまつわる要素よりは悲恋の物語みたいな雰囲気が強いことがあるからでしょうか。全部を演奏しますと3時間にもなるすごい作品です。今日はその序曲をお聞きいただきます。
 タンホイザーという人はどうやら実在したらしいのですが、話の筋は全くの創作だそうです。浦島太郎は助けた亀に誘われて竜宮城に行きますが、タンホイザーはカノジョがいたのに自分から竜宮城もどきところに足を踏み入れ、快楽の世界に浸ってしまいます。題材としては良くある浮気話ですが、それを芸術として鑑賞に堪えるものに仕上げたワーグナーはさすがですね。
 どうでも良いことですが浦島さんには後日談があって国内を放浪した後に、長野県の上松(アゲマツ)に住み着いて見聞きしたことを語っていたという説があります。

解説:林 範章
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